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タオ族


【部族について】

盛装するのヤミ族(タオ族)の婦人

蘭嶼島を眺める

蘭嶼のヤミ族(タオ族)族はオーストロネシアン語系族のマライポリネシア語系の一族です、約八百年前にフィリピン北部の諸島から蘭嶼(de Beauclair 1959)に移住しに来ヤミ族(タオ族)人と台湾他の原住民共にマライポリネシア語系属するが、文化的にはまったく違います、台湾原住民の中に唯一アルコール性の飲み物がない民族です、首狩りと刺青などの習性が持たない、弓を使わない民族です。魚を獲る、水芋、サトイモなどの植物を栽培して生計を立ててます。建物の形式、飛び魚の祭り、新しい家と船の落成式、死亡と神霊への態度が台湾原住民の中に独特な一群になり。今は約5000人くらい、台湾オーストロネシアン語系族の中に唯一の海洋民族です。

蘭嶼島の住民はタオ族人(或は雅美族人)です。「ヤミ族」の族名は清朝光緒23年(1897年)に初めて調査にために島へ行った日本人鳥居竜蔵の報告書にこの島の人が「ヤミ族(YAMI)」と書いた、その後、「ヤミ族」がこの島の原住民の名前になった、政府の文書、学術の出版品に幅広く使われる。しかし、島に住民が自分はTao(タオ人)、Tao no pongsoと称する、「人」、「人の島」という意味です。そして、自分の島はpongso no tao即ち「人の島」です。タオ人伝統の宇宙観には蘭嶼島が世界の中心ではなく、周りの海こそ世界の中心です、これは中国慣用の「大中原主義」とは大きく間違います。

蘭嶼は特別の位置にあるから、東南アジアの人間と動植物遷移ルートの踏み石になる、タオ文化と豊富かつ珍しい動植物を生み出した、台湾、琉球、と南太平洋地域原住民血縁、文化、古地理と古生物の地理の研究に深い意味と価値があります。日本殖民政府が1895年に正式に蘭嶼を研究地区に設定して現地住民の伝統的な生活状態をそのまま残す、外人の出入りと開発が厳しく制限されました、50年の殖民時代を経って今もタオ族独特の文化を保存されてます。













 

ヤミ族(タオ族)群の配布図

【地理上の分布】

「紅頭嶼」は台湾東南部の西太平洋にあります東経121度32分、北緯22度03分、台湾本島との距離は約40マイル、台東との距離は約49マイル、南にはのPatan諸島が見えます;島自身は古い火山の島です、島の周囲は約38,54キロ、島の環状道路は約45キロ、島全体に九つ峰があります、島の最高峰は紅頭山(高さ548メートル)です、朝日が昇り、大地真っ赤に染められ、素晴らしい景色。紅頭嶼の発音が紅虫と似てるから、公務員はここへの派遣を拒否した、その後、胡蝶蘭の産地でもありから、台東県政府が管理上のために、民国36年元旦から「蘭嶼」へと改名した。
蘭嶼が海に囲まれ、必要な資源は当地から、住めるところは天然の岩より四つの生態系に分けられ、ヤミ族(タオ族)人が島を海、海辺、山間三つの地域に分ける、海辺と山間地帯の交差点に集落をつくる。
蘭嶼島の全体がやまが多くて傾斜振り、平野が少ない、川が多い、すそ野と川交差点の所に沖積扇状地を形成して、出口に砂浜ができた:こういうところの水が豊富で漁船の出入り所、海岸も近いし、緩やかな地形で住みやすいところです、だから、島の村がこのところに建てられた。

 

 

 

 







【社会組織と構造】

社会組織から見ると、ヤミ族(タオ族)の文化には夫妻の一体性を強調する、儀式の面から見ると完成式はヤミ族(タオ族)人努力の目標と名望の来源です、船或は家の完成式に、男性が船、家の作業をやって、女性は豊富な水芋を用意する、両方のチームワークが完成式の欠かせない要素です。陳玉美さん(1994)がヤミ族(タオ族)の社会組織の基本単位は夫妻(或は核心家庭)と説明する、Sharing of substance概念最も具体的な表徴でもあり。Sharing of substance概念で当地の社会文化と一部の社会文化の運用を理解することができます。ヤミ族(タオ族)人の社会組織は父系世襲の社会です、父系の伝承と同じ祖先を持つ父系親族の間に緊密に繋がる社会生態を主張している。その他、ヤミ族(タオ族)人明らかな社会階層と頭目制度が持っていません、しかし、ヤミ族(タオ族)人が魚漁への依頼で自分の文化体系が発展してきた、男性には大船を中心にする「船組」(kakavay)で父系世系群の経済性能を強化している。

 

【生産方式と飲食文化】

ヤミ族(タオ族)の食文化

ヤミ族(タオ族)と飛び魚の日干し

ヤミ族(タオ族) 芋を処理する

ヤミ族(タオ族)人早期の経済形態は自主性の生計経済です、山にサツマイモ、サトイモを栽培し、海で魚と貝類を獲り、豚、鶏と羊を飼育するなどで自給自足の生活を立てます、ヤミ族(タオ族)人は生産者と消費者を兼任する。主食は水芋、サツマイモ、サトイモ、魚、鳥、動物の肉など、一日二食、デザートはヤシ、林投などの果物がある。ですから、ヤミ族(タオ族)人の生産活動は二種類がある;一つは農業です水田の定耕と山林のがメインです;一つは魚の漁。副次的な生産活動は家畜の飼育(豚、鶏、羊)と山菜の採集です。水芋とサツマイモが主食ですから蘭嶼島の僅かな平原に水芋畑とサツマイモ畑が点々と散在している特別な風景になる。余光弘(1994:6)が「タオ人が食べ物を大きく二種類に分けてます、主食のkanenとyakan、前者は『ご飯』、後者は『菜』と呼ぶ」;普段に婦人の日課は『ご飯を取る』mangerp so kanenで、男性の日課は『菜を探す』manersavatと説明する。水芋(soli)とサツマイモ(wakei)が一番重要な主食です。副食の種類が多くて、主に海から取るが量は不安定で、だからyakanのない、あり、量の多少はタオ人に重視されてる、男子が漁に出るのは家族全員の希望所在です、常に一杯獲った人は、家族の生活に満足されれるし親友へも分けられる、社会に尊敬される。

「「物物交換」のシステムが蘭嶼の日常生活に根深くつけてます、ただあれは個人のためではなく、村全体の利益から考えます。しかし、近年になって蘭嶼も「商品交易」、「市場経済」の時代狂流に巻き込まれる気配も徐徐に明らかになってきた、現代化の商品、貨幣の使用への依頼も自身の伝統的な「物質文化」と「生計経済」の変遷を試します。余光弘さん(1994:8)が二、三十年内にヤミ族(タオ族)人の経済自主性がなくなりと指摘した。1971年に蘭嶼への観光が解禁され、1972年に飛行機と汽船の定期便の開通で、交通の便利性が改善され蘭嶼の資本主義の商品化が深刻になりつづ、青少年の人口流失問題が一段厳しくなっている、蘭嶼は台湾経済の足を引張るの辺境地帯と思わされ。現代のタオ族人が「貨幣の価値」、「市場経済」の狂流ゲームに巻き込まされてから、引き続き「資本主義」と「世界体系」二大狂流の影響も蘭嶼へどっと入ります;言い換えるとタオ族人が「貨幣の価値」、「市場経済」の狂流で蘭嶼から追い出されます、当初台湾本島の原住民が経済崩壊と社会解体で山から追い出されるのように。ただ今回は山から出されるじゃなくて「島から離される」になった。

 

【祭事文化と宗教】

ヤミ族(タオ族) 新しい船の浸水式

ヤミ族(タオ族)には精密な宗教観念が持っていません。しかし、抵抗できない自然力と未知の世界に極端な恐怖感を持っている、だから天上の神様を畏敬するより悪霊(Anito)の方が怖いです。ヤミ族(タオ族)人が月日に指して神様に祈祷する、でも神霊を祭りる建物がありません、神の像も作らない。所々に原始的な色が彩溢れている。ヤミ族(タオ族)人は海に囲まれる世界に住む、典型的な海洋生態の社会です、年中の作業は飛び魚漁の期間と深く関わる。ヤミ族(タオ族)人は生物生態の習慣と海流の巡回によって自分の暦法を作り出した、沢山のルールと禁忌を作られ、漁場、漁の時間と捕獲方法などを制限する、この知識と文化はタオ族人が長い海洋生活からつんだ知恵と経験によって生れた民族生態学である。年中春は漁の季節、夏は農業の季節、秋と冬は製造と休むの季節です。飛び魚漁の時期を中心に、二月末から十月半ばまで、準備、漁に出る、、収蔵など決めた行事を行われます、いわば飛び魚の捕獲、分配と消費がヤミ族(タオ族)の集団生活が反映されてます、ヤミ族(タオ族)人の生活様式は海洋と緊密、しっかり繋がってることも一連の祭儀に反映される、特に新しい船の浸水式と飛び魚の祭り;関連の物質文化もすごく豊富です。タタラ船の製造と彫刻、陶器の創り、人形の製造、などすばらしい成績があります。漁はタオ族の男性にとって最も重要な生計の活動です。だから、すばらしい造船の技術ができた。舟は男の体を代表する、船造りは神聖な使命であり、命の一部でもある。船を持つことは同時にも海、空、男子の勇気を持つ意味。船造りはヤミ族(タオ族)にとって神聖と美の結晶です。

 

【工芸、芸術と音楽の表現】

ヤミ族(タオ族)の銀製の冠

標本文物-陶製の壺

台湾の原住民族が唄と踊りに好い表現、ヤミ族(タオ族)も同じです。民俗音楽家の許常恵さんが彼らの歌を聴いてから、ヤミ族(タオ族)には三種類のメロディしか持たない、でもヤミ族(タオ族)人が彼らの歌は数十曲もありと強調する、其々の場所に相応しい曲があり。実際にヤミ族(タオ族)は唄の歌詞で曲の数を計算する、旋律にもあまりこだわらない。ヤミ族(タオ族)よく知られる踊りは「婦人の髪の踊り」、「男子の勇士精神の踊り」です。その他にも新しい船の浸水式の「船投げ」儀式もよく知られてます。

 

【部族と政府の関係】

蘭嶼は台湾本島の南北、東西と都市、農村発展のアンバランス問題と同じ、離島地区は常に辺境地帯へとさらされ交通、医療、教育などの資源が台湾本島と比べられないほどの差がつけられてる;蘭嶼は台湾経済と政治体系の辺境地帯です。蘭嶼と台湾の間に離島と本島の関係以外に。蘭嶼が台湾国民政府に対する痛恨な『歴史的な経験』が沢山つんでます、『海の砂で作った家』、『軍人退輔会の農場』、『軍犯管訓隊』、『国家公園の設立』、『核廃棄物の廃棄場』など;「人の島」上のヤミ族(タオ族)人が今も引き続き外来の族群(主に台湾本島から)と交流しなければならない。近年「核廃棄物反対活動」が盛り上がってます、ヤミ族(タオ族)人が「核廃棄物の廃棄場が蘭嶼から出て行け、そうしないと話にならないだ」の意識が強く本島に伝えた。とりあえず『核廃棄物の廃棄場』が蘭嶼のヤミ族(タオ族)人の心の中に“永遠の痛み”、現代のヤミ族(タオ族)人にとって最も重たいな『歴史の経験』でもあり。
 

蘭嶼14人乗りのタタラ船

蘭嶼の青年たちが台東先史文化博物館を訪れる

台湾原住民の発展は国全体発展の一部であり、しかし、原住民が現代化の同時にも、国の政治と経済の構造の下位に深くはまり込まれます、族群伝統文化の消失の危機にも面する、台湾社会の高度発展の中の遺恨になり。Tao族は長い間海に囲まれた島に住んでいて、閉鎖的、独特な生態と文化を生み出した。毎回新しい物事の移入と移出で「人の島」と島人たちが受身として丸ごと受けるしかできない状態になり、そして、いつも後から来た瞬時の「排斥」と時間かかるの「消化」期に入る。だから、『中華民国』の体制で蘭嶼をどうやって「管理」するのか?どうやらこの国の政治的の目じるしになってしまた。今ヤミ族(タオ族)のエリート達が:「最も決定性あるのは外在の政治生態:族群が持つ政治力。自分で族群の未来を決めるのか?決められるのか?」の自意識がようやく湧いてきた。例え「核廃棄物反対活動」にエリート達が人類学者或は皆によく使う『ヤミ』人を『タオ』(Tao)に改名して、『蘭嶼タオ(Tao)民族会議』を成立するなど、『正名』ルートで自我アピールし、他族との相違を表して、族群への認同感、族群利益の認識と行動の可能性を集めようとする。とにかく「核廃棄物反対活動」現象に、ヤミ族(タオ族)の部落が『国家体制』の長期的な圧迫に対する反発が見られる、即ち「核廃棄物反対活動」がヤミ族(タオ族)人に「族群意識」を再建させたとも言える。
 

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